水
水は当たり前にあるし、普通にあった。
過去形になっているが、みんなもそう感じているはず。
瀬野川で野球をやっていた頃、楽しみだったのは、山から湧き出る美味しい水だった。
これが相当澄んでて美味しかった記憶しかない。
あとは良くない記憶。
面白くない記憶。
虐められた記憶。
村八分の記憶。
ま、それは良しとして。
小学生時代は、公園で遊べば公園の水を飲む。
学校は普通に水道水を飲んでいたし、学校も蛇口を捻って水道水。
中学ともなると、部活があるので夏はどくだみ茶を凍らせて持っていった。
水じゃないんだよね、麦茶でもないんだよね。
我が家の伝統とでも言うのだろうか、水筒の中身はどくだみ茶に猿の腰掛け。
まぁ、不味いけど慣れたらなんちゃない。
今となっては水道水を飲むことは滅多にない。
水も買う時代になった。
これからもっともっともっともっと水が手に入らなくなる。
慧一之水の原液は水道水の味さえ変えてしまう。
何年か後、何十年か後には、本当に慧一之水がなきゃ生活が出来ない!
なんてことになるかもしれない。