慧一之水 えいちのみず

父さんに会いたい

高度成長期駆け抜けた父さんが乗ってたヤングな軽自動車、ダイハツフロンテ。

やんちゃに過ごした若い日の父さんはスカッと横分け決めていた 今じゃツルピカ(予想)

 

日本がこれから行くぞ!!!

っていう60年代から70年代、そんな時代に俺が生まれた。

都会という砂漠を肌で感じたかった高度成長期。

いつも、空にはヘリコプターや軍用飛行機が旋回(佐世保に近い島なので軍港近し)

残念だが、ここが、炭鉱の島だと分かるまで、さほど時間は掛からなかった。

 

島の思い出と言えば。

 

『おもちゃを即日ぶっ壊す』

誕生に買ってもらったバロム1のベルト

バロム1の変身シーンを真似し、ホッパーと言いながら空へ放り投げてキャッチするはずが、ボトッ😱

母親から激怒された記憶。

 

『父が英雄だと感じた事件』

ある晴れた日の朝、親戚がイカを持ってきた。

さぁイカ料理をするぞって盛り上がっている時に事件が💦

 

なんとフライパンから火が上がり、火事寸前。

親父は、それを見た瞬間に、躊躇なく燃えたぎるフライパンの取っ手を握りそのまま外へと持って出た。

うちは2階だったので1階まで持っておりた。

 

見事に手は大火傷🥶

 

それ以降は記憶なし。

でも、酷かったんだろうと想像はつく。

 

 

そこから佐世保に引っ越し。

 

ある日の晩、夫婦喧嘩の末、家を飛び出る母親。

母親に引っ張られながら線路を歩いた。

なんで線路?!

と思いつつも、ひたすら歩いた(田舎なので単線)。

俺は鼻血が止まらない。

 

その晩は、どこかの旅館らしきところに泊まった記憶。

 

 

それから広島へお引越し。

 

気づけば離婚。

父には莫大な借金、そして破産宣告。

母には男の影が。

中1になった時、父から衝撃の告白があった。

「最近、智子が全くさせてくれんとさ」

 

察するに、同じ職場の所長と出来てたと思う。

 

恋多き女だった母(当時33歳)

 

 

借金もぐれだった父を憎んだこともあった。

家族をバラバラにしたと恨んだこともあった。

 

だけど、自分が父親になって気づいた。

親父も一人の男だったんだよなと。

 

離婚をせがんだのは母親。

他に良い人が居たから別れた可能性だってある。

 

今じゃ真相は闇。

 

お父ちゃんが生きていたら80歳。

東秋義さん

今、どこで何をしているんだろう・・・。

確か、フィリピン人と結婚して息子がいると耳にしたことがある。

息子さんは確か、翔己と同じ年だから35歳かな。

 

久しぶりに会いたいと思った。

 

でもどこに居るのかも分からない。

最後に会ったのは、仕事していたガソリンスタンドにお金をせびりに来た時だから、20歳の時。

その時も6年ぶりぐらい。

あれから38年。

 

元気に暮らしていれば良いけどな。

 

死んでるかもしれないかな・・・。

生きていたなら、叶うものなら、最後にもう一度会いたいね。

 

何も知らずに居たんだ ごめんねお父ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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