慧一之水 えいちのみず

仏性を信じる

この男が、またまた大袈裟なテーマを掲げています。

 

【相手の仏性を信じる】

 

いろんな意味があるのですが、今日は治療という裏側のお題で進みたいと思います。

 

 

その昔・・・。

ま、色々やっている俺なんですが、31歳頃の話です。

 

当時から、腰痛持ちで、常に激痛の状態。

それでも、今よりはマシだった気がするが、当時は毎日が地獄。

痛くなるとブロック注射をしていた。

 

ある人に紹介されて行った所が”気功で治す”治療院だったのです。

奇行じゃないですよ。気功ですからね。

 

寝そべって、腰を触らずに手をかざすだけ。

「そんなんで楽になるんか」(心の声)

 

ところが、だんだんと暖かくなり、痛みがじわじわと溶けていく感じ。

帰る時には、スッと動けて歩ける。

痛みもさほど感じなくなっていた。

気がつけば、俺の周りで手をかざしている人だらけ💦

たくさんの人に手当てをしてあげることで自身のパワーが上がっていくとされていた。

 

「こりゃなんじゃ?!」(心の声。驚きもあったが、何か声に出したくない😅)

 

「岩本さん、次回また来たい時は連絡してくださいね」

 

「分かりました」

 

と、言いつつ、すでにスケジュールを確認していた。

 

「来週もお願いします」

 

結局、毎週通うようになった。

 

感動した俺は、気づけば、自分も気功を授かりたいと、福岡まで行くことに。

取得するのに、当時の金額で70万円だったかな。

 

半信半疑だったけど、授かってからは、オレンジジュースの味を変えたり、ビールの泡を復活させたり、雲を消したりと、嘘みたいだけど、案外出来た。

それから、人に痛みがあるところに手を当てて治療もどきみたいなことをやった。

アトピーのお子さんも来られては、治療もどきを何度もやった。

 

帰る時には・・・。

「楽になりました、先生ありがとうございました!」

 

って言われて、こういう仕事っていいなぁ、人を治してあげる仕事って素晴らしいよな!

 

 

 

 

って、長くなりましたが、本題のテーマがここにあります。

 

人を治してあげることが出来る!

 

なんという烏滸がましい考えでしょう。

本来、人というものは、自分自身の治癒力によって治すことが出来ます。

人が治せるものではありません。

完治までの手助けが治療。

 

本来、治るという相手自身の中にある、仏性を信じて手助けをすることが治療の最大の目的。

 

自分が治すって考えるのは、烏滸がましいにも程がある!

ってな感じで自惚れが、生じて、その考えで、仕事をしようと考えてたんです😖

 

時代を経て、年齢を重ね、その重みを今、実感しているところです。

今は、このお水、お風呂は、皆さんの中にある、仏性の手助けをさせていただいている仕事なんだと痛感しております。

このお風呂に入ることによって、完治へ導いていく、ご自身の能力を信じてください。

 

 

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