慧一之水
必要なものを可能な限りシンプルに、極限まで追及した慧一之水。その原液中に「水素イオン」と「電子」を封じ込め、使いたいタイミングで使用できるよう、33年かけて改良された未来の水です。保存料などは一切不使用。
※国際特許取得済み/水道水での希釈が可能で、安定かつ安全です。
商品を見る
オーディション会場は宇都宮ケントス。
半年後にオープンが決まっており、そのオープンに向けメンバーを募集していた。
実は全くオーディションを受けるという感覚がない時に「健吾!受けてみるか!」と例のLIVEハウスでのこと。
実は博多ケントスから応援に来ていた久野さんが面白いドラムがいるからオーディション受けさせたら良いと思います!と、推薦してくれていた。
そんな感じなので受かるとか、受かったらとかではなく、訳がわからず受けに行ったのが最初。でも一緒に林さんや栗原さんがいたからひょっとすると・・・。それに久野さんの紹介じゃし・・・なんて甘い考えがあった😅
翌日、会場に行くと錚々たる顔ぶれが。
「今度ボーカルとして参加します、⭕️⭕️です!」
なんて言いながら自己紹介するスター。
へぇ〜この人がボーカルやるんじゃ・・・。
俺もボーカルやりたかったけど、気づけばドラムじゃもんのぉ。
なんて考えながら順番待ち。
じゃ、よろしく!
と言われ、ドラムに座る。
初めてのオーディション。
緊張しまくった気がするし、全くもって覚えていない💦
「あ〜悪くはないけどなぁ、雰囲気はあるよなぁ。
もう少し基礎が作れればなぁ」by栗原プロデューサー
結局落ちる訳だが、それはそれで勉強になったというか、良い経験となった。そこから本気で、毎日音楽漬けで生活したい!
あの空間でドラムを叩きたい!
その為なら、安月給でも良い!と思った。
順番があべこべかもしれないが、岩城さんが先かオーディションが先かは忘れたのだが、どちらにせよいろんな複合的な出会いが、本気でプロに進みたいと言う気持ちが湧いてきた。
それでも明日は来る。
ガススタの作業服を着てバイクにまたがる。
朝昼晩、時間を削って極限まで働く。
汗に油に塗れ、お酢に塗れ、そして音に塗れ泥臭く働いた。
1番稼いだ時が月給70万円。
しかし遊べるどころではない。休みもなく働く。
サラリーマンになったら天井が決まる。
70万以上稼ごうと思ったらどんだけ働くんや!
って思ったらゾッとした。俺は普通に働けない性格。
どこか何かが狂っている。いや、どこか抜けている。
(今考えたら、70万の天井さえ決めつけていたことだが、当時はそれしか考えられなかった)。
こりゃ、やっぱり手に職付けて働く方がいいと思った。
元々中学卒業と同時に美容師の世界に進もうとしていた。
中学時代から近所の散髪屋でバイトをしていたので進み方も聞いていた。
手に職付けた方が早い!
しかし、その夢は砕け、繰り上げ合格した県立高校へと進んだ。
その手に職というか、自分の腕で食べていくという感覚は捨てきれなかった。
しかし高校へ行っても鳴かず飛ばず。
しまいにゃ2年の時に捕まってしまい先生が迎えにきた。
「お前は大学に行け!」
「いや、俺美容師になりたんですけど・・・」
「お母さんと2人じゃから行っとけ!」
「あ、じゃけえ働くというかそっちが近道じゃと思うんですが・・・」
「ダメじゃ!大学行け!」byいつでもどこでも竹刀携行 脇田担任
結局、大学を受けた。通った。誰でも入れる大学。
勉強なんてしたくもなかったし、する気もなかった。
よく卒業できたなと思うが、論文は、彼女に書かせた。
当時、イミダスという本があり、そこから丸コピ。
【ソビエトに関することだったと思う うろ覚え】
最低だろうが、バイトが忙しく音楽活動が忙しかった。
卒業は出来たのだが、オーディションは落ちまくりで
偉そうに吹聴しながら、結局就職することになる。
そして、なぜか合格。
「広島に戻るぞ。」
その際、彼女から言われたこと・・・。
「私も遊びたいんよ!!!健吾ばっかり好きなことやって!
私はこっちに残る。」
ま、薄々感じていたのだが、学校を辞めてバイトすると言いながら別のことをしていたのを知っている。
その後、別れる前も違う彼が居たことも別の友達から聞いていた。
そんなこんなで俺は広島に戻り、島屋という会社へ就職
彼女は徳山へ残ることに。
さて、波乱の続きはまた・・・。
この記事は note に投稿したものです。
Our Products