慧一之水
必要なものを可能な限りシンプルに、極限まで追及した慧一之水。その原液中に「水素イオン」と「電子」を封じ込め、使いたいタイミングで使用できるよう、33年かけて改良された未来の水です。保存料などは一切不使用。
※国際特許取得済み/水道水での希釈が可能で、安定かつ安全です。
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この時の嬉しさをどう表せばいいだろうか・・。
とにかくめちゃくちゃ嬉しかった。
関口さんとの話は後日に回し、とにかく急いで2人の先輩のところへ報告しに行きたかった。
「すんません 遅うなりました」
「どうじゃったケン?」
「受かりました!!!」
「まじか!!!やったの!!!!徳山からスターが出たど!!!」
「いやいや 大袈裟💦」
その日は興奮が収まらず朝まで飲み明かした。
あの全ての始まりとなったLIVEハウスがスタートする時の話。
集められた経緯を話した。
ガススタで働いている時、めちゃくちゃ渋いおじさん(福田さん、当時35歳)がしょっちゅう注ぎに来ていたこと。
日産キャラバンに、カスタムハーレー。2台とも激渋。
この人は何をしているんだろうか・・。
「福田さん、親がお金持ちなんよ。喫茶店もやってるみたい」by花田さん(当時のガススタの従業員の方。1番仲良くしてもらった人)
しかもハーレーはクールスの佐藤秀光さんから譲ってもらったとのこと。
俺は何度も言うてるが、クールスの大ファン。
もう、この人が来るのをいつも楽しみにしていた。
ある日、やっとゆっくり話すタイミングが出来た。
「これいいっすね!」
「あ、そう?こういうの好きなの?!」
「大好きすぎてやばいです💦」
「へぇそうなんじゃ、音楽もやったりするの?!」
「もちろんです!下手ですけどギターとか歌とか少々」
「じゃあさ、今度店を出すんだけど、ちょっと遊びに来てみない?」
「え?!いいんですか?!」
「いいよ!いいよ!ギター持っておいでよ!一緒に遊ぼうよ!」
「はい!行きます!」
数日後、ギター片手に遊びに行った。
「どうも!こんにちは!」
「いらっしゃい!」
福田さんはベースを持っていた。永ちゃんの雰囲気そのものじゃわ。
キーボードは女性が座ってる。
ボーカルは、リーゼントのこの人か。
で、この人がギターでって、俺はギターじゃないのか?!
「そうそう、ドラムって叩けない?!」
「え?!ドラム?!あ、叩けないことはないですけど・・・」
「じゃ、ちょっと叩いてみてよ!」
は、嵌められてたのか。。。
「分かりましたぁ」
「すまないね、よろしく!」
これが運命の分かれ道となる出来事の始まり。
まぁ、高校の時は山田徹也兄ぃに散々ドラムをやらされた。
「健吾!お前、ギターも歌も下手なんじゃけえドラムせえや!
ドラムの方がセンスがあるけぇ、健吾はドラムようの!」
後々聞いた話だと、周りにドラムが居なかった。
そして、ええがに叩くのが俺だったとのこと。
ま、そのお陰でドラムの道に進むことになったので感謝している。
それから、練習、練習で曲数を増やしていき、遂にLIVEハウスにてデビューが決まった。そんな大袈裟ではないが、徳山という街では画期的なケントスのようなお店が出来上がったのである。
その際に、店内の整備や手伝いなどで関わっていたのが、木の切さんさんであり、山下さんだった。
この中には、毛利さんという畳屋さんもいるのだが、この方はここら地区では権力者だった。(プロレスをやってて、長州力の同級生だった)あと福田さんのお兄さんもホンダべルモの社長だったりで錚々たるメンバーの方々に可愛がってもらった。
毛利さんは高橋慶彦さん(カープのショートだった人気選手)と一緒にキャンプに誘ってくれたり。(一晩中、話した記憶がある。俺は野球小僧の頃、高橋慶彦って言うたらスターでしかなかった。大ファンだったのである。
グローブは同じものを持っていた。今でも家にある。
これは両親に感謝。)
と、いろいろ話が弾んだ。
で、ボーカルの大庭さんが表向きは人気だったけど、密かにケンの方が人気があったとか(てへぺろ)。
そん時の俺は大庭さんが憧れだった。赤いスイングトップを着て、カワサキZ2(これは木の切さんさんの影響。木の切さんさんは未だにZ1を所持している)を乗り回し、いつもリーゼントで颯爽としていた。もちろん背も高い。
一緒に並ぶと、俺がちんちくりんに見える。
バンド最後の方は、大庭さんとベースだった福田さん(オーナー)との確執で急遽、違う人がベースで入って、外営業が増えたとか、色々と懐かしい話など。その後、結局、俺が広島に戻ったのでバンドは自然と解散となった。
ライブハウスが盛り上がったのは約2年弱という短い期間だった。
翌日、2人とも徳山へ戻って行った。
その翌日、関口店長と話すことに。
「いつ頃から来れそうかな?」
「GW明けには会社に伝えます」
「それから直ぐにでも来れると思いますが会社次第かとは・・・。」
「だよね。ありがとう。出来れば早い方が嬉しいけどね。
ちなみに給料はいくらもらっていた?」
「え?!正直に言うていいんですか?」
「いいよ」
「13万円でした」
「ほう。じゃスタートは15万円でも良い?」
「嘘!本当ですか!!大丈夫です!」
GW明け会社に行って、このことを報告した。
社長と副社長は笑っていたが目は笑っていなかった。
「ま、面接の時に言っていたことだしな。
本当に受かるとは思ってもみんかったわい。
そうは言うても、受からんだろうって話をしてたからな。
まさかな。でも仕方ない。本来なら3ヶ月前報告じゃが、特別に明日付で退社にします。」
「ありがとうございます。超短い間でしたが、本当にお世話になりました。」
「他のみんなにも挨拶しておいで!」
「皆さん、超短い間でしたけどお世話になりました!」
「お前、ようやく部材の名前と保管場所を覚えたのに勿体無いの!」
「営業、期待しとったのに😤」
なんて言われながらも笑顔で送り出してくれた。
「デビューするときは言えよ!みんなで見に行くけえの!!!」
で、デビューした後、本当にみんなで来てくれた✨
この日も忘れられない1日となった。
さてさて、ここからがまた波乱が続くのだが・・・
続きは後日・・・。
この記事は note に投稿したものです。
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